異文化
安藤 知明

 フランスから女子高生のホームステイを受け入れることになった。
「文化や宗教が違うし、ちょっと不安ですね。よろしく、お願いしますよ」
 妻は少々気後れ気味。
「心配ご無用。まずは同じ人間だよ。異文化はお互いさまだ。こちらの文化に合わせてもらうのではなく、相手の文化も尊重することだよ」
 一端のことは言ったが、異国の多感なティーンエージャーを迎え入れるのだから、不安がないといえば嘘になる。しかし、ここで私がうろたえると、妻はパニックになりかねない。ここで男の意気を示しておこうと、前記のような発言となった。
 一ヶ月の滞在とあって、大きなスーツケースとダンボール二個を携えてやって来た。「ボン・ジュール、マダム。ボン・ジュール、ムシュ。よろしくお願いします」
 握手と同時に、深々と頭を下げた。
「日本人のお嬢さんと変わらないわね」
 妻は少しは安心したようだ。
 我が家に到着し玄関を入ると、靴を脱ぎ、きちんと揃えて上がり込む。
「テーク・オフ・ユア・シューズ、プリーズ」
 なんて言わせないところが素晴らしい。これは、来日前に日本の風習を相当頭に叩き込んできたのだろうと思わせるに十分だった。
「お仏壇はどこですか?」
 妻が案内すると、おりんを鳴らし、手を合わせた。私と妻は顔を見合わせ、「これはすごい!」と驚嘆の表情を露にした。
「他人の家に招かれたら、『まずはお仏壇に手を合わせるのですよ』って、お母さんに言われました」
 屈託なく笑う。
 私たち以上に異文化を理解し、尊重しようとする姿勢に感心した。
 彼女の一日は、おりんを鳴らし、仏壇に手を合わせることから始まった。私たちの文化でありながら、忙しさにかまけて、おりんを鳴らしたり鳴らさなかったりと、日頃ご先祖さまを蔑ろにしていることを恥じた。
「毎朝、おりんの音を聞くと心が落ちついて、一日を無事に過ごせそうな爽やかな気持ちになります」
 彼女がおりんを鳴らすと、私たちも思わず手を合わせた。邪念のない清らかな心でおりんを鳴らすと、こうも心に響くものなのかと驚きもした。
 異文化はややもすると、衝突の種となる。しかし尊重し合うことで、お互いに信頼感が生まれてくる。世界に蔓延る諍やテロは、文化交流の欠如や理解不足などが起因のひとつでもあろう、今回、勇気を出してフランスからのホームステイを受け入れたことで、おりんの音の響に癒され、忘れかけていた日本文化の心髄に触れることができたと、感謝している。